▼ 飯寿司つくり
飯寿司作り10日目。
材料
大根(大)3本 人参(大)3本 生姜500g チェリー酢1本 塩2カップ 砂糖5カップ 味醂2カップ こうじ500g 炊き飯7号 味の素少々 酒2号
1.人参・生姜・大根千切りよりやや太めに切る。(大根は前日のうちに切って、塩もみをしてしんなりさせておくと良い)
2. 炊き飯の中に、チェリー酢1本 塩2カップ 砂糖5カップ 味醂2カップ こうじ500g 炊き飯7号 味の素少々 酒2号を入れてよくかき混ぜる。
3.樽の中にビニールをかぶせる。
4.大根・人参→生姜→魚→生姜→2の炊き飯→生姜→大根・人参・・・の順に、樽の中に並べていれる。
5.すべて完了したら、笹の葉を全体に引く(毒消しになるらしい)
6.ビニールを閉じて上蓋をする。
3日後、3キロ程度の重石を乗せて10日置く。
10日後、さらに5キロ程度の重石を乗せて20日間置く。
20日後、30キロの重石を乗せて、約1ヶ月食べ頃を迎えるまで待つ。
飯寿司は日の当たらない涼しい場所において置く。
以上!
次女が「これ食べたら死ぬんでしょ」と・・・。
死にはしないとおもうけど、不安になってきました。
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材料
大根(大)3本 人参(大)3本 生姜500g チェリー酢1本 塩2カップ 砂糖5カップ 味醂2カップ こうじ500g 炊き飯7号 味の素少々 酒2号
1.人参・生姜・大根千切りよりやや太めに切る。(大根は前日のうちに切って、塩もみをしてしんなりさせておくと良い)
2. 炊き飯の中に、チェリー酢1本 塩2カップ 砂糖5カップ 味醂2カップ こうじ500g 炊き飯7号 味の素少々 酒2号を入れてよくかき混ぜる。
3.樽の中にビニールをかぶせる。
4.大根・人参→生姜→魚→生姜→2の炊き飯→生姜→大根・人参・・・の順に、樽の中に並べていれる。
5.すべて完了したら、笹の葉を全体に引く(毒消しになるらしい)
6.ビニールを閉じて上蓋をする。
3日後、3キロ程度の重石を乗せて10日置く。
10日後、さらに5キロ程度の重石を乗せて20日間置く。
20日後、30キロの重石を乗せて、約1ヶ月食べ頃を迎えるまで待つ。
飯寿司は日の当たらない涼しい場所において置く。
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今日は剣道の大会と学芸会が重なってしまい、次女は学芸会を優先し(当たり前なのですが)長男は剣道大会へ。
小学校最後の学芸会。
長女から始まり、長男次女と、色々と思い出されることがあります。
長男に至ってはよく泣きました!誰が?って私がです(笑)
長女の時も次女の時も、泣くことは無かったのに、不思議と長男の演奏が始まると、泣いてしまうのですね^^;
特に6年生の学芸会は、ソロでリコーダーを吹くシーンがあり、私は直前まで知らされてなかったので、びっくりしたのとドキドキしたのと。
途中からは涙涙でダラダラでした(ToT)
卒業式後の謝恩会で、当時の担任とお話しする機会があり、その時に「(息子の名前)君は、クラスの中で一番リズム感が良いし、特にリコーダーを吹くときのリズム感がずば抜けてるんですよ。だからどうしても学芸会の時は(息子の名前)君にソロをさせたかったんです。」
この言葉がどれだけ私と長男に自身を持たせてくれたか。
運動神経ゼロ。成績は下の下。学芸会の劇でも村人1。決して目立つ存在では無い子なのに、生徒1人1人の良いところを見事なまでに引き出し、自身を与えてくれた先生でした。
そしてこの先生が受け持つ学年、今年も凄かった!不覚にも涙が出てしまいました(;;)
昨年までは、問題の多い学年で父兄の間でも話題になったのですが、この先生が受け持ってからは、随分落ち着いたようです。やはり先生の力量ですね。先週放送された学校の教師SPで、35年教師を続けているという方の発言を聞いて、35年教師を続けても、学級がまとまらないのは教師の責任でしょ?と思いながらテレビを見ていたのですが、今日の学芸会を見て、改めて強く感じた次第です。
さて、肝心の次女ですが、今年の器楽演奏で、娘はドラムを叩くことになりました。
昨年もドラムを叩いたのですが・・・。いまいち。今風に言うとショボイ!だから今年も対して期待はしてなかったのですが、毎日居残りで練習したと言うだけあり、凄かった!鼻をズルズルさせながらビデオ撮影をしました。
これで小学校の学芸会は、もう終わりなんですよね。寂しいような嬉しいような。(しかし、劇、35分は長いです)
そして肝心の長男。
剣道大会の結果は、優勝!おめでとう!! 良かったね(ToT)
学芸会を見ながらこちらも気がかりで仕方なかったのですが、同じチームの父兄からこまめにメールを頂き、優勝したと連絡が入った時は、やはり同じチームで、下の子供が学芸会で大会を見る事が出来なかった母友と、二人手を握り合って「おめでとうございます!!」なんて喜び合ってました^^;今思えば、注目されて恥ずかしかった・・・
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小学校最後の学芸会。
長女から始まり、長男次女と、色々と思い出されることがあります。
長男に至ってはよく泣きました!誰が?って私がです(笑)
長女の時も次女の時も、泣くことは無かったのに、不思議と長男の演奏が始まると、泣いてしまうのですね^^;
特に6年生の学芸会は、ソロでリコーダーを吹くシーンがあり、私は直前まで知らされてなかったので、びっくりしたのとドキドキしたのと。
途中からは涙涙でダラダラでした(ToT)
卒業式後の謝恩会で、当時の担任とお話しする機会があり、その時に「(息子の名前)君は、クラスの中で一番リズム感が良いし、特にリコーダーを吹くときのリズム感がずば抜けてるんですよ。だからどうしても学芸会の時は(息子の名前)君にソロをさせたかったんです。」
この言葉がどれだけ私と長男に自身を持たせてくれたか。
運動神経ゼロ。成績は下の下。学芸会の劇でも村人1。決して目立つ存在では無い子なのに、生徒1人1人の良いところを見事なまでに引き出し、自身を与えてくれた先生でした。
そしてこの先生が受け持つ学年、今年も凄かった!不覚にも涙が出てしまいました(;;)
昨年までは、問題の多い学年で父兄の間でも話題になったのですが、この先生が受け持ってからは、随分落ち着いたようです。やはり先生の力量ですね。先週放送された学校の教師SPで、35年教師を続けているという方の発言を聞いて、35年教師を続けても、学級がまとまらないのは教師の責任でしょ?と思いながらテレビを見ていたのですが、今日の学芸会を見て、改めて強く感じた次第です。
さて、肝心の次女ですが、今年の器楽演奏で、娘はドラムを叩くことになりました。
昨年もドラムを叩いたのですが・・・。いまいち。今風に言うとショボイ!だから今年も対して期待はしてなかったのですが、毎日居残りで練習したと言うだけあり、凄かった!鼻をズルズルさせながらビデオ撮影をしました。
これで小学校の学芸会は、もう終わりなんですよね。寂しいような嬉しいような。(しかし、劇、35分は長いです)
そして肝心の長男。
剣道大会の結果は、優勝!おめでとう!! 良かったね(ToT)
学芸会を見ながらこちらも気がかりで仕方なかったのですが、同じチームの父兄からこまめにメールを頂き、優勝したと連絡が入った時は、やはり同じチームで、下の子供が学芸会で大会を見る事が出来なかった母友と、二人手を握り合って「おめでとうございます!!」なんて喜び合ってました^^;今思えば、注目されて恥ずかしかった・・・
▼ 飯寿司つくり
長山ストアでロウソクホッケ(小ほっけ)一箱、1800円で購入。
本当は中ホッケが欲しかったのですが、中ホッケは入荷しないと言われ、手を打つことに。
材料。
小ホッケ8キロ。
塩5キロ
1.ホッケ8キロ分を、3枚に下ろす。
ここで義母に言われたこと。下ろした魚は洗わないこと・・・。
しかし、母友に「初めて飯寿司を作るのなら、下ろした魚を軽く洗って血抜きをすると良し。
飯寿司作りの経験豊富な人ならば良いけど、私のように初心者は、当たった時のことを考えて、血を抜くことをお勧めします。
というわけで、ここは義母の意見を無視し、母友の言われたとおり、血抜きをしました。
2.血抜きをしたホッケを今度は、塩漬けします。
塩は5キロ、全部使い果たし、満遍なく魚に振りまき塩漬けをします。
私がこの作業に取り組んでいる間、主人が倉庫から余った木材を使って、ダンボールくらいの大きさの木箱と落し蓋を作ってもらいました。
3.塩漬けした魚を今度は、ビニール袋に並べて詰め込むのですが、ビニール袋の底にいくつかの穴を空けて、汁が外にでるようにする。
4.ビニールに詰め込んだ魚を、主人が作ってくれた木箱にいれ、落し蓋をしてから、重石を乗せて10日間待つ。
きょうの作業はこれでお終い。
10日後に本格的な飯寿司作業に入ります。
しかし、たったこれだけの作業に、なんと3時間も費やしてしまいました。今更ながら、飯寿司を作るなんて口走ってしまったことを後悔してしまった私です。
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本当は中ホッケが欲しかったのですが、中ホッケは入荷しないと言われ、手を打つことに。
材料。
小ホッケ8キロ。
塩5キロ
1.ホッケ8キロ分を、3枚に下ろす。
ここで義母に言われたこと。下ろした魚は洗わないこと・・・。
しかし、母友に「初めて飯寿司を作るのなら、下ろした魚を軽く洗って血抜きをすると良し。
飯寿司作りの経験豊富な人ならば良いけど、私のように初心者は、当たった時のことを考えて、血を抜くことをお勧めします。
というわけで、ここは義母の意見を無視し、母友の言われたとおり、血抜きをしました。
2.血抜きをしたホッケを今度は、塩漬けします。
塩は5キロ、全部使い果たし、満遍なく魚に振りまき塩漬けをします。
私がこの作業に取り組んでいる間、主人が倉庫から余った木材を使って、ダンボールくらいの大きさの木箱と落し蓋を作ってもらいました。
3.塩漬けした魚を今度は、ビニール袋に並べて詰め込むのですが、ビニール袋の底にいくつかの穴を空けて、汁が外にでるようにする。
4.ビニールに詰め込んだ魚を、主人が作ってくれた木箱にいれ、落し蓋をしてから、重石を乗せて10日間待つ。
きょうの作業はこれでお終い。
10日後に本格的な飯寿司作業に入ります。
しかし、たったこれだけの作業に、なんと3時間も費やしてしまいました。今更ながら、飯寿司を作るなんて口走ってしまったことを後悔してしまった私です。
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主人がテレビのチャンネルをガチャガチャ操作していたところ、「太田の私が総理大臣になったら」が放送されており、長女が「それ見よ!!」
女優の高木美保さんのマニフェスト「授業に農業を取り入れる」という考案が出てました。
賛成か反対か。
私は賛成
農業に触れる事で、農業で生計を立ててる人たちがどれだけ大変な思いをして野菜を育ててるか、100人中1人でも良いから、農業の大変さを感じ取ってくれる子供がいてくれたら良いな〜と思う。
西川史子の「農業は、余裕のある年寄りがやればいい」
種を植えてから収穫するまでの過程がどれだけ大変なのかよく解って無いようですね、この方。
「美術や、体育、工作や音楽の授業はやる必要はないでしょ」
創作意力が養われるでしょ?
ただ最近の図画工作の授業は、予めセットで売られているものを工作の時間に作る事が多く、個性が無くてこれで良いのかと疑問をもっていますが、国数社英だけが大事な勉強ではないんです。
「あなた(高木美保)のように、農業を本業としない人に農業を語るなんて、農家の人たちに失礼」
本当に失礼なのは、農業の仕事に携わった事も無い人が、農業の真の大変さを知りもしないで、知った風な事をいう貴方が一番失礼よ^^と言いたい。
農業に嫁いで20年、それまで嫌いだった蛙やミミズが今はとても愛おしく感じると、義姉が私に話したことをブログに掲載した事があります。
自分で野菜を作って、そこで3匹の蛙が義姉が作っている作物に住みつき、義姉がハウスに入ると姉の傍にやってきて、義姉の行くところ行くところ着いていく。
始めは触るのも嫌なくらいだったのに、野菜を作りはじめてからは蛙に「危ないからお退きなさい」と言って、蛙を別の場所に寄せたり、ミミズは土を作り栄養を与えてると言う事も知ったし、青虫はどんなものを好むかも知った。
落花生はお店で売られている物を口にするだけですが、その落花生はどうやって出来るかなんて、考えた事はありませんでした。
夏に草取りの仕事を手伝ったのですが、雑草の生命力の凄さを改めて知りましたし、学校では教えてくれないような事や授業で習っても、肌で感じてみないとわからない事や、感じ方や捉え方が違います。
ちなみにこちらでは既に実践しており、お米を作ったりじゃが芋やトウモロコシを作っています。
やはり、自分達で作った作物はお店で買ってきたものとは想い入れが違うようで、よーく味わって食べてますよ^^
ところで今日はお義母さんと二人で、伊寿司に使うホッケを買いに永山ストアに行って来ました。
お店で売られているホッケはどれも大きいものばかりで、飯寿司には向いて無いと義母は言います。
中ホッケが一番飯寿司に向いてると言うのですが、今年はホッケはあまり採れ無いらしく、今日は諦めて帰って来ました。
日曜日にもう一度、行く予定なのですが、お目当ての中ホッケはあるかどうか・・・。
もし無かったら、鮭を使うのかな?
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女優の高木美保さんのマニフェスト「授業に農業を取り入れる」という考案が出てました。
賛成か反対か。
私は賛成
農業に触れる事で、農業で生計を立ててる人たちがどれだけ大変な思いをして野菜を育ててるか、100人中1人でも良いから、農業の大変さを感じ取ってくれる子供がいてくれたら良いな〜と思う。
西川史子の「農業は、余裕のある年寄りがやればいい」
種を植えてから収穫するまでの過程がどれだけ大変なのかよく解って無いようですね、この方。
「美術や、体育、工作や音楽の授業はやる必要はないでしょ」
創作意力が養われるでしょ?
ただ最近の図画工作の授業は、予めセットで売られているものを工作の時間に作る事が多く、個性が無くてこれで良いのかと疑問をもっていますが、国数社英だけが大事な勉強ではないんです。
「あなた(高木美保)のように、農業を本業としない人に農業を語るなんて、農家の人たちに失礼」
本当に失礼なのは、農業の仕事に携わった事も無い人が、農業の真の大変さを知りもしないで、知った風な事をいう貴方が一番失礼よ^^と言いたい。
農業に嫁いで20年、それまで嫌いだった蛙やミミズが今はとても愛おしく感じると、義姉が私に話したことをブログに掲載した事があります。
自分で野菜を作って、そこで3匹の蛙が義姉が作っている作物に住みつき、義姉がハウスに入ると姉の傍にやってきて、義姉の行くところ行くところ着いていく。
始めは触るのも嫌なくらいだったのに、野菜を作りはじめてからは蛙に「危ないからお退きなさい」と言って、蛙を別の場所に寄せたり、ミミズは土を作り栄養を与えてると言う事も知ったし、青虫はどんなものを好むかも知った。
落花生はお店で売られている物を口にするだけですが、その落花生はどうやって出来るかなんて、考えた事はありませんでした。
夏に草取りの仕事を手伝ったのですが、雑草の生命力の凄さを改めて知りましたし、学校では教えてくれないような事や授業で習っても、肌で感じてみないとわからない事や、感じ方や捉え方が違います。
ちなみにこちらでは既に実践しており、お米を作ったりじゃが芋やトウモロコシを作っています。
やはり、自分達で作った作物はお店で買ってきたものとは想い入れが違うようで、よーく味わって食べてますよ^^
ところで今日はお義母さんと二人で、伊寿司に使うホッケを買いに永山ストアに行って来ました。
お店で売られているホッケはどれも大きいものばかりで、飯寿司には向いて無いと義母は言います。
中ホッケが一番飯寿司に向いてると言うのですが、今年はホッケはあまり採れ無いらしく、今日は諦めて帰って来ました。
日曜日にもう一度、行く予定なのですが、お目当ての中ホッケはあるかどうか・・・。
もし無かったら、鮭を使うのかな?
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▼ 年賀状の作成
もう年賀状??と笑われそうですが、時間が出来て暇になってしまったので、早いうちに年賀状の作成をしました。
我が家の場合、子供用、取引先用、親戚・友人・知人用、遠方に住む友人・親戚用の種類に分けて作ります。
子供用は自分達が描いたものや、お気に入りの絵などをスキャナーに取りこんで、それぞれ自分達で作成してくれるので、こちらは大丈夫♪取引先用や、友人・知人などの年賀状も、書店で販売されているCD−ROM付きの本を買って、作成するのでこちらも特に問題はありません。
問題なのは遠方に住む友人や親戚。
以前milestaさんのブログサイトで、絵てがみブックを紹介されたことがあり、早速その本を購入して、今年は絵てがみを使って・・・と思ったのですが、こちらは次女に先手を取られてしまいました(*_*)
で・・・、やっぱりこれしか無いと思い作成したのが、新聞風年賀状です。
1年の出来事や、何処へ行って来て、どんな経験をしてきたのかとか、それをニュースペーパー風にして作成して行くのです。
パソコン主婦の友を購入した事があり、そこで紹介されていたもので、面白そう♪と思い作成したのがきっかけ。
これが思った以上に受けが良かったのです。
ただ、問題なのは葉書サイズで書いて行かなければならないので、文字の大きさや写真の大きさは、どうしても小さくなってしまいます。
そこで、1年間の中で一番印象に残ったことをピックアップして、作ってみました!それが下の写真です。

↑
写真をクリックすると大きい画像が出ます
こちらのブログで紹介したものばかりで、まだ手直しの必要なところと、誤字脱字があるので、修正しなければなりませんが、取りあえず出来ました♪
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我が家の場合、子供用、取引先用、親戚・友人・知人用、遠方に住む友人・親戚用の種類に分けて作ります。
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問題なのは遠方に住む友人や親戚。
以前milestaさんのブログサイトで、絵てがみブックを紹介されたことがあり、早速その本を購入して、今年は絵てがみを使って・・・と思ったのですが、こちらは次女に先手を取られてしまいました(*_*)
で・・・、やっぱりこれしか無いと思い作成したのが、新聞風年賀状です。
1年の出来事や、何処へ行って来て、どんな経験をしてきたのかとか、それをニュースペーパー風にして作成して行くのです。
パソコン主婦の友を購入した事があり、そこで紹介されていたもので、面白そう♪と思い作成したのがきっかけ。
これが思った以上に受けが良かったのです。
ただ、問題なのは葉書サイズで書いて行かなければならないので、文字の大きさや写真の大きさは、どうしても小さくなってしまいます。
そこで、1年間の中で一番印象に残ったことをピックアップして、作ってみました!それが下の写真です。

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▼ 竜巻
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天気は悪く、今にも雨が降りそうなどんよりとした空。
だけど、11月とは思えないほど外は生暖かく、まるで冬を通り過ぎて、いきなり春が来たような、そんな暖かい朝を向かえました。
7時40分。高校へ通う長女を学校へ送るため車を出しました。
遥か遠くの山は雲と靄に覆われて全く見えないほど。しかし同じ距離の東北の山だけは太陽があたっており、「うわ〜」と声を上げてしまうほど綺麗でした。
だけど何か違和感。
周りの山は雲と靄で隠れてしまっているせいなのか、太陽に当たっているその山は異様なほど至近距離を感じます。
長女を学校に送って自宅に戻った後、家事を済ませ、時間がたっぷり余ったのでビデオ鑑賞をした時です。
ゴーゴーと物凄い音がしたので、旅客機でも飛んでるのかと始めは思ったのですが、このあたりでは肉眼で見える旅客機は豆粒みたいなもので、当然旅客機が飛ぶ際の音も聞こえません。
まさか北からミサイル??なんて馬鹿な事を本気で考え、不安になってしまいました。
何気なく時計を見たらお昼を過ぎて、1時になろうかと言うところ。
軽く昼食を済ませた後、新潟に住む友人に近況報告と、「11月なのに生暖かくて不気味だよ」と、取りとめの無いメールを送り、次に横浜に住むメル友にもメールを送ろうとしたところ、ピカピカっと光るものが・・・。雷です。
時々強い雨が降ることもあり、雷も怖いので、なるべく電気関係は使わないようにしようと思い、テレビ・パソコンの電源を切り、読みかけの本を読んでいたのですが、長女から「佐呂間町で竜巻が発生して30人の死傷者が出たそうだよ」とメール・・・。
詳しい話は聞いて無いと言うのですが、漁に出てるはずの父親の事が気になり、すぐに父の携帯に電話を入れると、元気そうな声。
安心した・・・。
主人も心配して、実家に電話を入れたところ、こちらも大丈夫とのこと。竜巻が発生した時刻にゴーゴーっと物凄い音が空から聞こえて、北からミサイルが飛んできたのかと、私と同じ事を義母も思ったそうです。
ミサイルが飛んできたと勘違いしたあれは、竜巻が発生した時の音なのかしら?
テレビで竜巻によって家屋が全壊された映像を見て、自然の恐ろしさを思い知りました。
若佐の皆さん大丈夫でしょうか?
知人のご両親が若佐に住んでいて連絡が取れないと言っておりました。
若佐に住む皆さんの無事を心からお祈りしています。
▼ 紫蘇の蒸留
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5時30分起床。3人の子供達のお弁当を作り、6時50分自宅を出発。蒸溜場へ向かいます。
最低気温零度。遠方の山は靄で山が隠れて見えない状態でした。
長女はアルバイト。長男・次女は私のお供。早い時間に起こされたので、かなり眠そう。
蒸溜場に着くまでの約30分、子供達は後ろの席で眠っていました。

7時20分蒸溜場に到着。
既に紫蘇の蒸溜は始まっており、私は義姉と共に床に落ちた紫蘇をほうきで拾い集める作業を行いました。
この蒸溜場。20年以上前までは、ハッカの蒸留場として利用され、昭和14年頃には世界の70パーセントを占めていました。
しかし、海外産や合成ハッカが安く出回り、北見の名産として知られたハッカも衰退し、ハッカ離れしはじめた農家が増え、昭和58年に閉鎖しました。
そしてそのハッカに変わるものとして、約10年前から生産されたのが、紫蘇です。
しかし、紫蘇の生産は誰でも作れると言うわけではなく、農業組合で指定された地域のみ紫蘇の生産が許されています。

蒸留場には3つの紫蘇釜があり、それぞれ紫蘇を作っている農家達が順番に紫蘇の蒸留日を決めます。
そして、11月5日。義兄の順番が周り、私を含めた12人の日雇いさん達が義兄の手伝いにやって来ました。

釜の深さ約2メートル。釜底が隠れるまでに、最初のうちは紫蘇の束の紐を縛ったままの状態で放り投げます。
底が見えなくなると、男の人の合図で次々に束になった紫蘇の紐を外し釜の中に放り込みます。
その際、紫蘇を平らにするため、釜の中に1人入り足踏みをしながら、紫蘇を平らにしていきます。
釜に放り込まれた紫蘇が少しずつ積み重なっていくと、また1人、釜の中に入り紫蘇を踏み潰す。

紫蘇が8分目まで入ると、今度は全員が釜の中に入り、親方の掛け声で呼吸を揃え「1・2・3・・・・・・10」と数を数えてジャンプをしながら、紫蘇を踏み潰します。
この作業が必要な理由として、紫蘇を平らにして、紫蘇が沢山はいるようにするためなのですが、他にも、釜の中に放り込まれた紫蘇の空気を外に出し、密封した状態にするためです。
蒸留が始まると、釜の底から蒸気が立つのですが、この蒸気が紫蘇全体に行き渡るためには、密封して空気を外に出す必要があるそうです。
紫蘇を釜に入れる作業の時間は大よそ15分。
釜の蓋が閉められ、蒸留されるまでの時間が1時間30分から1時間40分。
1つ目の釜に放り込まれる作業が終わると、2つ目の釜に紫蘇を放り込む。更に3つ目。
この作業が終わってから、1つ目の蒸留が終了するまで、約1時間、時間が空きます。
この空いた時間に、休憩室でお茶を飲んだり、次の準備をするのです。

搾り出された紫蘇の油のタンク。

搾り出された油は、この容器に入れ道外へ出荷され、香料として使われます。

搾り出された水(お湯)

蒸留が終わったら、釜を空けます。

天井から吊るされたロープを金具に引っ掛け、リモコンで吊るし上げられます。

吊るされた紫蘇は、更にリモコンで操作し、トラックの荷台に運ばれます。

蒸し終えた紫蘇は、捨てずに、牛の糞と混ぜてたい肥として畑に撒かれ、再利用されるそうです。
7時から始まった紫蘇の蒸留は、午後2時30分に全て終了しました。
これで私の1年間の仕事も終了。
玉ねぎの選別が残っていますが、こちらも人手が足りれば必要無いと言うことで、連絡待ちです。

我が家のペット。
その名も「ボス」
紫蘇の時間待ちの間、大勢の人たちに可愛がってもらい、幸せそうな顔。
※ この写真は事前に義兄の許可を貰い、娘が撮影しました。
私より腕が良いかも♪(親バカ)
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5時30分起床。3人の子供達のお弁当を作り、6時50分自宅を出発。蒸溜場へ向かいます。
最低気温零度。遠方の山は靄で山が隠れて見えない状態でした。
長女はアルバイト。長男・次女は私のお供。早い時間に起こされたので、かなり眠そう。
蒸溜場に着くまでの約30分、子供達は後ろの席で眠っていました。

7時20分蒸溜場に到着。
既に紫蘇の蒸溜は始まっており、私は義姉と共に床に落ちた紫蘇をほうきで拾い集める作業を行いました。
この蒸溜場。20年以上前までは、ハッカの蒸留場として利用され、昭和14年頃には世界の70パーセントを占めていました。
しかし、海外産や合成ハッカが安く出回り、北見の名産として知られたハッカも衰退し、ハッカ離れしはじめた農家が増え、昭和58年に閉鎖しました。
そしてそのハッカに変わるものとして、約10年前から生産されたのが、紫蘇です。
しかし、紫蘇の生産は誰でも作れると言うわけではなく、農業組合で指定された地域のみ紫蘇の生産が許されています。

蒸留場には3つの紫蘇釜があり、それぞれ紫蘇を作っている農家達が順番に紫蘇の蒸留日を決めます。
そして、11月5日。義兄の順番が周り、私を含めた12人の日雇いさん達が義兄の手伝いにやって来ました。

釜の深さ約2メートル。釜底が隠れるまでに、最初のうちは紫蘇の束の紐を縛ったままの状態で放り投げます。
底が見えなくなると、男の人の合図で次々に束になった紫蘇の紐を外し釜の中に放り込みます。
その際、紫蘇を平らにするため、釜の中に1人入り足踏みをしながら、紫蘇を平らにしていきます。
釜に放り込まれた紫蘇が少しずつ積み重なっていくと、また1人、釜の中に入り紫蘇を踏み潰す。

紫蘇が8分目まで入ると、今度は全員が釜の中に入り、親方の掛け声で呼吸を揃え「1・2・3・・・・・・10」と数を数えてジャンプをしながら、紫蘇を踏み潰します。
この作業が必要な理由として、紫蘇を平らにして、紫蘇が沢山はいるようにするためなのですが、他にも、釜の中に放り込まれた紫蘇の空気を外に出し、密封した状態にするためです。
蒸留が始まると、釜の底から蒸気が立つのですが、この蒸気が紫蘇全体に行き渡るためには、密封して空気を外に出す必要があるそうです。
紫蘇を釜に入れる作業の時間は大よそ15分。
釜の蓋が閉められ、蒸留されるまでの時間が1時間30分から1時間40分。
1つ目の釜に放り込まれる作業が終わると、2つ目の釜に紫蘇を放り込む。更に3つ目。
この作業が終わってから、1つ目の蒸留が終了するまで、約1時間、時間が空きます。
この空いた時間に、休憩室でお茶を飲んだり、次の準備をするのです。

搾り出された紫蘇の油のタンク。

搾り出された油は、この容器に入れ道外へ出荷され、香料として使われます。

搾り出された水(お湯)

蒸留が終わったら、釜を空けます。

天井から吊るされたロープを金具に引っ掛け、リモコンで吊るし上げられます。

吊るされた紫蘇は、更にリモコンで操作し、トラックの荷台に運ばれます。

蒸し終えた紫蘇は、捨てずに、牛の糞と混ぜてたい肥として畑に撒かれ、再利用されるそうです。
7時から始まった紫蘇の蒸留は、午後2時30分に全て終了しました。
これで私の1年間の仕事も終了。
玉ねぎの選別が残っていますが、こちらも人手が足りれば必要無いと言うことで、連絡待ちです。

我が家のペット。
その名も「ボス」
紫蘇の時間待ちの間、大勢の人たちに可愛がってもらい、幸せそうな顔。
※ この写真は事前に義兄の許可を貰い、娘が撮影しました。
私より腕が良いかも♪(親バカ)
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昨日から主人と冷戦中。
葬儀会場へ向かう最中の車の中でも、恐ろしいくらいに沈黙。
ちょっと重苦しい空気から逃げたくて、携帯を触ろうと、カバンを探すと・・・無い(・_・;)
カバンを持ってくるのを忘れてしまいました。
カバンに入れておいた数珠も無い(・_・;)
香典袋は??あっそうだ、主人が持ってる。
葬儀会場までに何件かのコンビニを発見。「あ〜、ここに数珠が売ってたら良いのにな・・・」「高い物はいらない、300円くらいの数珠」そんな罰当たりな事を考えながら、葬儀会場に到着。
今日の説法。
この住職の説法は相手を飽きさせないと評判のある方です。
確かに色んな説法を聞いて来ましたが、話を聞いてる途中で意識が遠くなってしまうほど、何を話してるのかわからない事がありました。
しかしこの住職は評判通りの方で、すんなりと話を聞くことが出来ます。
[説法から]
20歳を過ぎた馬之助と言う男は、博打と喧嘩に明け暮れ、両親を悩ませていました。
父親は何度も馬之助に「まじめに働いてくれ。まともな人間になってくれ」と言いますが、馬之助は耳を貸さない。
困り果てた父親は、兄のりょうかんに馬之助と1対1で話をしてくれと頼みます。
しかしりょうかんは馬之助と、どんな話をして良いのか悩みます。
そして、とうとう約束の日がやって来ました。
父親は馬之助に「今日は、りょうかん叔父さんが、お前に逢いに来るから外に出てはいけない」と言います。
やがてのょうかんが家にやってきて、馬之助のいる部屋に案内されました。
しかし2人は一言も話さない。翌日になっても2人は相変わらず会話が無い。
3日目になり、りょうかんは「次の約束もあるので、そろそろ帰らせてもらう」と言います。
そこで父親は馬之助に「りょうかんおじさんの草鞋の紐を結んで上げなさい」と命令します。
馬之助はこれでりょうかんがいなくなる。とても嬉しい思いで草鞋の紐を結びます。
ところが頭にポタポタと水が落ちてきました。雨でも無い。葉の雫でも無い。それは生暖かいもので、なんだろう?と思った馬之助は、上を見上げると、それはりょうかんの涙でした。
りょうかんは馬之助に「身体を愛おいなさい」と一言だけ言い残して帰った。
という簡単な話だったのですが、その言葉は、甥である馬之助の胸に響くものがあったそうです。
自分を大事にしなさい。自分を愛しなさい。身体をもっと労りなさい。と、色んな言葉が含められているもので、どんな言葉よりも、沢山の愛情がそこにあるというお話です。
この住職は、子供寺子屋の開設者で、長女がお世話になった方です。
昨日から冷戦中にあった主人が、ずっと泣いていた私に優しく声をかけてきました。
何か考えさせられるものがあったのでしょうか?
さて、故人ですが、波乱に満ちた人生を送ったようです。故人の死を惜しみ、涙を流す参列者の多さに驚くと共に、故人の人柄が伺えました。
その人柄が一人娘である母友にも残されています。
よく結婚相手は自分の親と同じ人を選んでしまうようだ。という話を聞いた事があるのですが、それを見事までに地で行ってると思うのが、母友のご主人。
いつも回りに気を配り、羨ましいくらいに奥さんを大事にして、子供達を可愛がり、私の理想のご夫婦です。
昨日、剣道の新人戦があった事はブログでもお話しましたが、母友に送ったメールを確認してみたところ、お父さんが亡くなった時刻と、母友の子供が決勝トーナメントを決めた時刻が一致してました。
孫を応援するため会場に来てたのでしょうか?
子供が剣道を習い始めてから、ビデオ撮影を欠かさない人で、その光景は母友に限らず、何処でも見受けられる光景です。
しかし、ほとんどの父兄達は、ビデオを撮影してから、試合後の反省を含めてチェックする方が多いのですが、彼女の場合、そのビデオを自分の父親に見せるために撮影してるのだと随分前に話していました。
寝たきりになってからは、意識がほとんど無い状態で、誰の問いかけにも反応しないのに、孫だけには反応するそうです。
子供が施設に顔を出す機会が減ったため、ビデオ撮影して、それを見せるらしいです。
勿論意識が無い状態なので、ビデオを見る事は出来ないのですが、子供の声に手がピクピクっと反応するんだよ。と、母友が言っていたことを思い出しました。もう6年も前の話なのですが・・・。
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昨日から主人と冷戦中。
葬儀会場へ向かう最中の車の中でも、恐ろしいくらいに沈黙。
ちょっと重苦しい空気から逃げたくて、携帯を触ろうと、カバンを探すと・・・無い(・_・;)
カバンを持ってくるのを忘れてしまいました。
カバンに入れておいた数珠も無い(・_・;)
香典袋は??あっそうだ、主人が持ってる。
葬儀会場までに何件かのコンビニを発見。「あ〜、ここに数珠が売ってたら良いのにな・・・」「高い物はいらない、300円くらいの数珠」そんな罰当たりな事を考えながら、葬儀会場に到着。
今日の説法。
この住職の説法は相手を飽きさせないと評判のある方です。
確かに色んな説法を聞いて来ましたが、話を聞いてる途中で意識が遠くなってしまうほど、何を話してるのかわからない事がありました。
しかしこの住職は評判通りの方で、すんなりと話を聞くことが出来ます。
[説法から]
20歳を過ぎた馬之助と言う男は、博打と喧嘩に明け暮れ、両親を悩ませていました。
父親は何度も馬之助に「まじめに働いてくれ。まともな人間になってくれ」と言いますが、馬之助は耳を貸さない。
困り果てた父親は、兄のりょうかんに馬之助と1対1で話をしてくれと頼みます。
しかしりょうかんは馬之助と、どんな話をして良いのか悩みます。
そして、とうとう約束の日がやって来ました。
父親は馬之助に「今日は、りょうかん叔父さんが、お前に逢いに来るから外に出てはいけない」と言います。
やがてのょうかんが家にやってきて、馬之助のいる部屋に案内されました。
しかし2人は一言も話さない。翌日になっても2人は相変わらず会話が無い。
3日目になり、りょうかんは「次の約束もあるので、そろそろ帰らせてもらう」と言います。
そこで父親は馬之助に「りょうかんおじさんの草鞋の紐を結んで上げなさい」と命令します。
馬之助はこれでりょうかんがいなくなる。とても嬉しい思いで草鞋の紐を結びます。
ところが頭にポタポタと水が落ちてきました。雨でも無い。葉の雫でも無い。それは生暖かいもので、なんだろう?と思った馬之助は、上を見上げると、それはりょうかんの涙でした。
りょうかんは馬之助に「身体を愛おいなさい」と一言だけ言い残して帰った。
という簡単な話だったのですが、その言葉は、甥である馬之助の胸に響くものがあったそうです。
自分を大事にしなさい。自分を愛しなさい。身体をもっと労りなさい。と、色んな言葉が含められているもので、どんな言葉よりも、沢山の愛情がそこにあるというお話です。
この住職は、子供寺子屋の開設者で、長女がお世話になった方です。
昨日から冷戦中にあった主人が、ずっと泣いていた私に優しく声をかけてきました。
何か考えさせられるものがあったのでしょうか?
さて、故人ですが、波乱に満ちた人生を送ったようです。故人の死を惜しみ、涙を流す参列者の多さに驚くと共に、故人の人柄が伺えました。
その人柄が一人娘である母友にも残されています。
よく結婚相手は自分の親と同じ人を選んでしまうようだ。という話を聞いた事があるのですが、それを見事までに地で行ってると思うのが、母友のご主人。
いつも回りに気を配り、羨ましいくらいに奥さんを大事にして、子供達を可愛がり、私の理想のご夫婦です。
昨日、剣道の新人戦があった事はブログでもお話しましたが、母友に送ったメールを確認してみたところ、お父さんが亡くなった時刻と、母友の子供が決勝トーナメントを決めた時刻が一致してました。
孫を応援するため会場に来てたのでしょうか?
子供が剣道を習い始めてから、ビデオ撮影を欠かさない人で、その光景は母友に限らず、何処でも見受けられる光景です。
しかし、ほとんどの父兄達は、ビデオを撮影してから、試合後の反省を含めてチェックする方が多いのですが、彼女の場合、そのビデオを自分の父親に見せるために撮影してるのだと随分前に話していました。
寝たきりになってからは、意識がほとんど無い状態で、誰の問いかけにも反応しないのに、孫だけには反応するそうです。
子供が施設に顔を出す機会が減ったため、ビデオ撮影して、それを見せるらしいです。
勿論意識が無い状態なので、ビデオを見る事は出来ないのですが、子供の声に手がピクピクっと反応するんだよ。と、母友が言っていたことを思い出しました。もう6年も前の話なのですが・・・。
▼ 新人戦
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中学校の剣道大会新人がありました。
一緒に応援していた母友の携帯に、ご主人から電話が。お父さんが体調を崩して病院へ運ばれたと連絡が入ったそうです。10年前に脳梗塞で倒れ、命に別状は無かったのですが、その後、臓器が機能せず、寝たきり状態に。ここ数年は痰が絡む等の症状が出て、チューブを使って痰を取っていました。今回もその痰が原因で病院へ運ばれたそうです。
心配無いと思うけど、ちよっと行って来るわ・・・。と、言い残して子供の試合を途中までしか観戦する事が出来ず、病院へ向かいました。
新人戦の結果。予選トーナメントで全勝し、決勝トーナメント決定。この試合は、母友の子供の活躍のおかげです。
直ぐにメールで決勝トーナメントに上がったと連絡。
その後、個人戦が行われ、その試合でも見事な活躍ぶりでした。残念な事に3回戦で負けてしまったのですが・・・。
個人戦が終わった後、次は団体の決勝トーナメントです。
長男達のチームは5名編成のところを4名で戦ったので、準決勝は惜しくも1人メンバーが足りず惜負。それでも3位です。
ホッとして家についてから、母友からメールが
「お父さん息を引き取った・・・。」絶句
なんと言葉をかけて良いのやら。明日が通夜だそうです。
心からご冥福をお祈りします。
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中学校の剣道大会新人がありました。
一緒に応援していた母友の携帯に、ご主人から電話が。お父さんが体調を崩して病院へ運ばれたと連絡が入ったそうです。10年前に脳梗塞で倒れ、命に別状は無かったのですが、その後、臓器が機能せず、寝たきり状態に。ここ数年は痰が絡む等の症状が出て、チューブを使って痰を取っていました。今回もその痰が原因で病院へ運ばれたそうです。
心配無いと思うけど、ちよっと行って来るわ・・・。と、言い残して子供の試合を途中までしか観戦する事が出来ず、病院へ向かいました。
新人戦の結果。予選トーナメントで全勝し、決勝トーナメント決定。この試合は、母友の子供の活躍のおかげです。
直ぐにメールで決勝トーナメントに上がったと連絡。
その後、個人戦が行われ、その試合でも見事な活躍ぶりでした。残念な事に3回戦で負けてしまったのですが・・・。
個人戦が終わった後、次は団体の決勝トーナメントです。
長男達のチームは5名編成のところを4名で戦ったので、準決勝は惜しくも1人メンバーが足りず惜負。それでも3位です。
ホッとして家についてから、母友からメールが
「お父さん息を引き取った・・・。」絶句
なんと言葉をかけて良いのやら。明日が通夜だそうです。
心からご冥福をお祈りします。
▼ ビート収穫終了
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農園に着くと、機械での収穫は半分掘り終えてました。
枕も終わり、機械の後周りです。
肥料袋を片手に、取り損じのビートを手で拾い肥料袋の中に入れ、その袋が一杯になると、機械の邪魔にならないところに置き、また別の袋を取り出して、ビートを拾う。この繰り返しです。

義兄は機械を操作し、ビートを拾う。義姉はトラクターを操作し、私が拾い集めたビートの入った肥料袋をトラクターに積み込む。
義母は、前日の後回り。私は義兄が乗る機械の後ろに付きながらあと周り。義父は別の場所で、山積にされたビートをまとめる仕事。それぞれ仕事の内容は異なります。
ビートの収穫は昼前に全て終了!!歩きっぱなしだったので、とても疲れましたが、今回初めて仕事をやり遂げた達成感見たいな物を感じました。
これが山積にされたビートです。写メの画像の大きさを変えて撮影したので、判りづらいかも。

後周りの最中、鳥の群れの鳴声が聞こえました。
白鳥です。遥か遠いシベリアから時速100キロのスピードで、ここ北海道に渡ってきます。
白鳥が飛来する時期に入ったんですね。
さて午後からは義母の手伝い。
長ネギを抜く作業です。
スコップを使い、土を掘り起こして長ネギを抜くのですが、1列目は順調に抜くことが出来たものの、2列目の長ネギはなぜか、途中でポキッと折れてしまいます。
はじめは「やっちゃた・・・」
だんだんこれが続くと「チッ」と舌打
次第に「チクショー!」と気が付かぬうちに言葉が乱暴になってしまい、そばで沢庵付けの準備を始めた義母に笑われてしまいました。
実はこの長ネギ種類が違うみたいなんですね

これは1年ねぎ。実が硬く味噌汁などに最適

これは2年ねぎ。実が柔らかく薬味などに最適。そして私が何度も失敗して、途中で折ってしまった長ネギなのです。

そうそうこちらも忘れてはなりませんね。11月中旬に飯寿司を作ります。天日干しされたこの大根も飯寿司の材料に使われます
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農園に着くと、機械での収穫は半分掘り終えてました。
枕も終わり、機械の後周りです。
肥料袋を片手に、取り損じのビートを手で拾い肥料袋の中に入れ、その袋が一杯になると、機械の邪魔にならないところに置き、また別の袋を取り出して、ビートを拾う。この繰り返しです。

義兄は機械を操作し、ビートを拾う。義姉はトラクターを操作し、私が拾い集めたビートの入った肥料袋をトラクターに積み込む。
義母は、前日の後回り。私は義兄が乗る機械の後ろに付きながらあと周り。義父は別の場所で、山積にされたビートをまとめる仕事。それぞれ仕事の内容は異なります。
ビートの収穫は昼前に全て終了!!歩きっぱなしだったので、とても疲れましたが、今回初めて仕事をやり遂げた達成感見たいな物を感じました。
これが山積にされたビートです。写メの画像の大きさを変えて撮影したので、判りづらいかも。

後周りの最中、鳥の群れの鳴声が聞こえました。
白鳥です。遥か遠いシベリアから時速100キロのスピードで、ここ北海道に渡ってきます。
白鳥が飛来する時期に入ったんですね。
さて午後からは義母の手伝い。
長ネギを抜く作業です。
スコップを使い、土を掘り起こして長ネギを抜くのですが、1列目は順調に抜くことが出来たものの、2列目の長ネギはなぜか、途中でポキッと折れてしまいます。
はじめは「やっちゃた・・・」
だんだんこれが続くと「チッ」と舌打
次第に「チクショー!」と気が付かぬうちに言葉が乱暴になってしまい、そばで沢庵付けの準備を始めた義母に笑われてしまいました。
実はこの長ネギ種類が違うみたいなんですね

これは1年ねぎ。実が硬く味噌汁などに最適

これは2年ねぎ。実が柔らかく薬味などに最適。そして私が何度も失敗して、途中で折ってしまった長ネギなのです。

そうそうこちらも忘れてはなりませんね。11月中旬に飯寿司を作ります。天日干しされたこの大根も飯寿司の材料に使われます
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27日に入り、農業のお仕事は一旦お休み。
本業である経理の仕事です。1ヶ月近く溜め込んだ帳簿付けと支払い・集金。
そして今日からまた実家で働いております。
実家へ向かう途中で、白いものがフロントガラスに付着。
雪です。小ぶりでしたが一瞬顔面蒼白に。
考えてみれば、まだ車のタイヤは夏タイヤで、スタットレスに履き変えて無い。大丈夫だろうか?と不安になりながら走行。しかし心配してたほど大雪になる事は無く安心しました。

天気予報では晴れで、最高気温7度と発表されていましたが、7度もあるとは思えないほど寒く、お昼近くなっても吐く息は白かったです。
ビートは午前中に全て終わり、お昼からは共同農園のビートの収穫です。
相変わらず、枕部分のビートを手で掘る仕事なのですが、ビートの葉を切る機械やビートを掘る機械を畑まで移動するために、義兄の送迎を繰り返し。
先週はダットサンに乗って義兄の送迎をしたのですが、今日は軽トラです。
マニュアル車に乗るなんて何年ぶりかな?それくらい長い間マニュアルを操作して無いので、とても緊張しました。
エンストしたりしないだろうか?クラッチとブレーキを間違えて踏んだりしないだろうか?ブレーキとアクセルを踏み間違えて川に転落しないだろうか(前科あり・・・)
実家から農園まで10キロ近くある距離をドキドキしながらドライブ。
しかし身体は覚えてるものですね。
ちゃんと操作出来ました。

車を一旦停車して、車の中から撮影。
農園までの道のりはほとんど家は見当たりません。林に囲まれ、落葉に見送られながら、時速40キロのスピードで軽トラを運転し、無事農園に到着。
共同農園のビートは、明日の午前中には終了する予定です。
こちらの仕事が終われば、紫蘇の蒸留。この蒸留が終了すれば、今年の農作業は全て終了です。!

そうそう忘れてました・・・
玉ねぎの選別が・・・。こちらは何時頃から始まるのでしょうか?
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27日に入り、農業のお仕事は一旦お休み。
本業である経理の仕事です。1ヶ月近く溜め込んだ帳簿付けと支払い・集金。
そして今日からまた実家で働いております。
実家へ向かう途中で、白いものがフロントガラスに付着。
雪です。小ぶりでしたが一瞬顔面蒼白に。
考えてみれば、まだ車のタイヤは夏タイヤで、スタットレスに履き変えて無い。大丈夫だろうか?と不安になりながら走行。しかし心配してたほど大雪になる事は無く安心しました。

天気予報では晴れで、最高気温7度と発表されていましたが、7度もあるとは思えないほど寒く、お昼近くなっても吐く息は白かったです。
ビートは午前中に全て終わり、お昼からは共同農園のビートの収穫です。
相変わらず、枕部分のビートを手で掘る仕事なのですが、ビートの葉を切る機械やビートを掘る機械を畑まで移動するために、義兄の送迎を繰り返し。
先週はダットサンに乗って義兄の送迎をしたのですが、今日は軽トラです。
マニュアル車に乗るなんて何年ぶりかな?それくらい長い間マニュアルを操作して無いので、とても緊張しました。
エンストしたりしないだろうか?クラッチとブレーキを間違えて踏んだりしないだろうか?ブレーキとアクセルを踏み間違えて川に転落しないだろうか(前科あり・・・)
実家から農園まで10キロ近くある距離をドキドキしながらドライブ。
しかし身体は覚えてるものですね。
ちゃんと操作出来ました。

車を一旦停車して、車の中から撮影。
農園までの道のりはほとんど家は見当たりません。林に囲まれ、落葉に見送られながら、時速40キロのスピードで軽トラを運転し、無事農園に到着。
共同農園のビートは、明日の午前中には終了する予定です。
こちらの仕事が終われば、紫蘇の蒸留。この蒸留が終了すれば、今年の農作業は全て終了です。!

そうそう忘れてました・・・
玉ねぎの選別が・・・。こちらは何時頃から始まるのでしょうか?












